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佐藤優『宗教改革者 教養講座「日蓮とルター」』(角川書店)2020/5/8

 

 

日蓮やルターのような宗教改革者の思想を、純粋に、客観的かつ中立的に学ぶことはできない。『立正安国論』や『キリスト者の自由』のテキストを読み解くとき、私たちは自分の立場を明確にすることに迫られるのである。

日蓮「立正安国論」全訳注 (講談社学術文庫)
 

 

 

 

 ちなみに、カトリック教会は「宗教改革」とは言いません。「信仰分裂」と言います。例えば、全一一巻になる『キリスト教史』(平凡社ライブラリー)という優れた本がありますが、この本には宗教改革の巻がありません。

キリスト教史1 (平凡社ライブラリー)

キリスト教史1 (平凡社ライブラリー)

 

 

東京大学の科学哲学の教授で、マルクス主義哲学の研究でも重要な業績を上げた廣松渉という人がいました。廣松は『エンゲルス論─その思想形成過程』(盛田書店)という本を書いています。

廣松の『エンゲルス論』は面白い本です。日本では普通にはなかなか勉強できない、初期の共産主義から分かれていったシオニズムユダヤ思想の流れについてウェイトを置いて論じているからです。

 

ます。最初の本に、すべて埋め込まれているからです。例えば私であれば、デビュー作は『国家の罠』(新潮文庫)です。この本の中に、私がその後書くことになる要素がすべて埋め込まれているわけです。そういう意味で、スタートの作品はとても重要です。

 

 さて、木谷さんが『アメリカ映画とキリスト教─120年の関係史』(キリスト新聞社)という本を出しました。これが興味深い。木谷さんは、こういうたとえを書いています。われわれは輸入食品を見るときには、原材料の表示を見る。カラダにとって何か悪いものが入ってないかチェックする。それと同じように、アメリカ映画も中身をよくチェックしないといけないと。

アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

  • 作者:木谷佳楠
  • 発売日: 2016/12/19
  • メディア: 単行本
 

 

 ところで、明治時代に世界に日蓮を広めたのは内村鑑三です。内村が『代表的日本人』(岩波文庫)という本を書いて、その中で日蓮を取り上げました。なぜ日蓮だったのかといえば、内村鑑三自身の信仰の中に、日蓮的なるものがあるからです。

代表的日本人 (岩波文庫)

代表的日本人 (岩波文庫)

 

 

内村鑑三については、評論家の柄谷行人さんの『憲法の無意識』(岩波新書)が参考になります。タイトルは憲法ですが、実は後期フロイトについての議論、心理学の話が主になっています。柄谷さんは、内村鑑三はなぜクリスチャンになったのか、その解き明かしをしています。 

憲法の無意識 (岩波新書)

憲法の無意識 (岩波新書)

 

 

カトリックの宣教師を描いた遠藤周作の『沈黙』(新潮文庫)が先般再び映画化され、評判になりました。しかし、カトリシズムをそのまま野放しにしていたら、日本はおそらく植民地になっていたでしょう。

沈黙(新潮文庫)

沈黙(新潮文庫)

 

 

私が職業作家になり始めたとき、精力的にインタビューをした人たちがいます。陸軍中野学校の出身者です。当時すでに高齢で、時間がわずかしか残っていませんでした。いまはもう、ほとんどの方が亡くなられています。『陸軍中野学校』(中野校友会)というものが出ていますが、隠されている部分が非常に多かったため、生で話を聞いておかなければいけないと思いました。

陸軍中野学校 (1978年)

陸軍中野学校 (1978年)

  • メディア:
 

 

 そのような話を聞いていたときに、ノンフィクション作家の斎藤充功さんが『昭和史発掘幻の特務機関「ヤマ」』(新潮新書)という本を出版されました。陸軍中野学校吉田茂などをチェックしている機関があったということを書いていました。

 

このような陸軍中野学校の歴史は消えてしまっています。存在自体も消えています。いまの若い人は、柳広司さんの小説『ジョーカー・ゲーム』(角川文庫)といった作品でしか知らないでしょう。しかし、日本の歴史をつくるうえにおいて、いくつかの重要な局面でこの人たちは動いていたのです。

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

 

 

ただし、実証はできなくても、確実にあったと想定される出来事があります。これを、ドイツ語では「ウアゲシヒテ(Urgeschichte)」と言います。日本語に直訳すると「原歴史」という考え方です。 この原歴史という考え方を巧みに使ったのが、民俗学者柳田國男でした。有名な『遠野物語』もそうです。

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

 

 

これについては、柳田國男のテキストを読み解くよりも、先ほども少し言及した柄谷行人さんの『遊動論──柳田国男と山人』(文春新書)がいい。 柄谷さんはこう考えます。室町時代よりずっと昔の日本人において、歴史的には実証できないが、確実に存在したことがある。それは何かと言えば、日本人の魂に関する理解です。

『遊動論──柳田国男と山人』によると、亡くなっても五〇年ほどは魂にも個性があるそうです。戒名が付き、向こうの世界に行っていても、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもいろいろ覚えているということです。

遊動論 柳田国男と山人

遊動論 柳田国男と山人

 

 

 余談ですが、東京藝大はどのような入試かわかりますか。私の浦和高校の後輩で口笛の専門家がいます。二宮敦人さんの『最後の秘境 東京藝大』(新潮社)にも出ていますが、東京藝大の音楽科の試験に口笛だけで入りました。いまでは口笛の国際的な権威です。

 

『これからの「正義」の話をしよう』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)がベストセラーとなったサンデル教授のような議論がもてはやされたのも、その背後には、AI化の進行があると思います。こうしたプリミティブな倫理の問題と向かい合わないといけないのです。

 

 日本にマックス・ウェーバーを紹介した一人で、東京商科大学(現・一橋大学)の先生を長く務めていた上原専禄という歴史学者がいます。上原専禄は、日本のリベラル派の代表でした。ところが、自分の奥さんが末期医療を受け、体中にチューブを付けるような形で苦しみながら亡くなっていく姿を見て、ふと思いました。ウェーバーには限界がある。生きている人のことしか考えていない。われわれは死者について考えることをやめてしまったが、これは間違いである、と。そこで彼は日蓮研究に向かいました。研究を集大成した本は『死者・生者──日蓮認識への発想と視点』(未来社)です。

 

そのような意味では、私がしている仕事のほとんどは、死者との対話です。例えば、チェコ神学者のヨゼフ・ルクル・フロマートカは、一九六九年にとうに死んでいて会ったこともありませんから、その人の研究をしているというのは、死者との対話といえます。また、一九三七年に文部省がつくった『国体の本義』という、戦後は占領軍が最初に神道指令で配布禁止にした出版物がありますが、私がそれを読み解いて一所懸命研究したのも、あの戦争で死んだ死者と対話したかったからです。

定本 国体の本義 臣民の道 合冊版
 

 

私が見た中で、『立正安国論』に関して首尾一貫して説明がわかりやすいものは、一つしかありませんでした。
それは『池田大作全集』(聖教新聞社)です。『池田大作全集』の二十五巻と二十六巻が「講義」という巻で『立正安国論』の講義となっています。富士門流の立場からのわかりやすい講義です。しかも、読み下し文、解釈の両方ともわかりやすく、調べた中では、最も詳しい。この講義では主には扱いませんが、もし自分で勉強するのであれば『池田大作全集』の二十五巻と二十六巻を買って、じっくり読むのがよいと思います。

 

大本の創設者の一人、出口王仁三郎の著述『霊界物語』は、壮大なスサノオオオクニヌシの世界のイメージの話です。これは、皇室の祖先であるアマテラスを奉じる伊勢神道とパラレルの世界観ということです。

 

 大本に関して言えば、その徹底的な弾圧の理由は、先ほど示唆したことでわかったと思いますが、権力に近寄りすぎたのです。彼らは日本の傀儡国家だった満州国の植民に積極的に参与したり、宮中に大本のシンパをつくろうとしたり、かなり積極的に働きかけました。これが権力を簒奪しようとしているのではないかと、政府の疑念を招きました。ちなみに、大本をモデルにした小説に高橋和巳の『邪宗門』(河出文庫)があります。「ひのもと救霊会」という名前にして、戦前から戦後までを生きた世直し教団の運命を描いた小説です。

邪宗門 上 (河出文庫)

邪宗門 上 (河出文庫)

  • 作者:高橋 和巳
  • 発売日: 2014/08/06
  • メディア: 文庫
 
邪宗門 下 (河出文庫)

邪宗門 下 (河出文庫)

  • 作者:高橋 和巳
  • 発売日: 2014/08/06
  • メディア: 文庫
 

 

「百王」という言葉が出てきます。もともとの出典は、四書五経の一つ、『礼記』です。当時の日本では、「百王説」というものが広まっていました。何かといえば、どのような王朝も一〇〇代までしかもたない、それを超えるものはないというのです。それが中世日本の普遍的なドクトリンになっていました。

礼記 (中国古典新書)

礼記 (中国古典新書)

  • 作者:下見 隆雄
  • 発売日: 2011/07/10
  • メディア: 単行本
 

 

慈円自身に照らせば、『愚管抄』が書かれた時代は承久の乱の前で、乱後、即位した後堀河天皇は八六代。だから「百王説」に基づけば、あと一四代で日本の天皇制は無くなってしまいます。どうすればよいかといえば、慈円の解釈する中国の基準に従わないといけない、つまりグローバリゼーションに入っていかないといけないため、その心構えが必要であるといいます。この末法(終末思想)の考えが『愚管抄』の中では強い。

愚管抄 全現代語訳 (講談社学術文庫)

愚管抄 全現代語訳 (講談社学術文庫)

  • 作者:慈円
  • 発売日: 2012/05/11
  • メディア: 文庫
 

 

これを否定するのが、南北朝時代の公家、北畠親房の『神皇正統記』です。大日本は神の国であり、普遍的なドクトリンとされている百王説は、世界に類のない神の国においては、そのままの形では適用されないといいます。具体的には、百王ではなく、いままでメインストリームを行っていた天皇の系統が途絶えると、同じ王朝の中の枝のところが、今度は幹になっていくと主張しました。

神皇正統記 (岩波文庫)

神皇正統記 (岩波文庫)

  • 作者:岩佐 正
  • 発売日: 1975/11/17
  • メディア: 文庫
 

 

ところで、村上春樹さんの『騎士団長殺し』(新潮社)の中に、或る「イデア」が出てきます。小説のあらすじを言うと、主人公は美大を出て、肖像画を適当に描いて、ご飯を食べていました。そうしたら奥さんに突然、もうあなたと一緒に暮らせないと思うと言われてしまう。それで家を出なければならなくなります。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: 単行本
 
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: 単行本
 

 

それから次第に、主人公にはいろいろと不気味なことが起きます。そこには、上田秋成のメジャーな『雨月物語』ではない、マイナーな『春雨物語』に収められた「二世の縁」という短篇が下地になっています。

春雨物語 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
 

 

世界的作家のウンベルト・エーコの『プラハの墓地』(東京創元社)を読むと、おかしなお婆さんが出てきます。お婆さんはホスティアを、口の中を乾かしておいてから口にさっと入れて、服の中につくっておいたポケットにペッと吐き出してとっておきます。それを、黒ミサをやる悪魔崇拝者たちに売って小金を稼いでいるのです。悪魔崇拝者はキリストを磔にしたい。このホスティアは、キリストの身体のかわりですから、これを磔にすればキリストを磔にしたことになるわけです。

 

フスの最期の言葉は「真実は勝つ」とチェコ人の間では伝承されています。チェコ人は、普段はおとなしいのですが、フスの死(一四一五年七月六日)によって、大暴動が起きます。これがフス戦争です。 このフスの考え方の道筋に、ルターも、さらにカルヴァンも基本的にならっています。ルター自身、自分はフスと同じ歩みをしているのだということを述べています。このあたりについては、私は『宗教改革の物語──近代、民族、国家の起源』(角川ソフィア文庫)で、フスのことも詳しく書きました。

 

免色渉という人物が出てきます。「色を免除されている」というのだから、前作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)の、また一つの輪廻転生している形のように思いますが、そういう人物が、小田原の借家の少し上に住んでいます。

 

大川周明という人がいました。五・一五事件を起こし、極東軍事裁判では民間人で唯一A級戦犯に指定された人です。有名なのは、法廷で東條英機の禿げ頭を被告席の後ろから手で叩いたり、奇声を発したりしたため、公判から外されたことです。梅毒が原因で精神を患っていたといわれています。その大川が自伝的な回想録『安楽の門』(書肆心水)という作品を書いています。

自叙伝『安楽の門』

自叙伝『安楽の門』

 

 

この辺りを南北朝時代南朝のイデオローグだった北畠親房はうまく理論化しました。『神皇正統記』の中で、次のように整理しています。儒教の教えは普遍的である。ゆえに日本においても革命は正当化される。しかし日本の特殊性の中で生じる革命であるから、同じ王朝の中で起きる革命になる。すなわち、易姓ではない形で革命が起きる。具体的な例として挙げているのは、武烈帝から継体帝への皇位継承です。

神皇正統記 (岩波文庫)

神皇正統記 (岩波文庫)

  • 作者:岩佐 正
  • 発売日: 1975/11/17
  • メディア: 文庫
 

 

もう一人は、少しマイナーになりますが、北条泰時です。鎌倉幕府第三代執権。泰時については、日本における革命の思想家として、山本七平が非常に関心を持っていました。その山本に強いインスピレーションを受けた社会学者の大澤真幸さんも、泰時について『日本史のなぞ──なぜこの国で一度だけ革命が成功したのか』(朝日新書)を書いています。

 

鈴木氏は能力の高い政治家なので、このような倫理観の低い官僚を信頼することはなかった。能力は高いが倫理観の低い外務官僚の実態について、ノンフィクションでは『反省──私たちはなぜ失敗したのか?』(鈴木宗男氏との共著、アスコム、二〇〇七年)、小説では『外務省ハレンチ物語』(徳間文庫、二〇一一年)に私は詳しく書いた。しかし、このような常軌を逸した輩は外務省だけではなく、財務省にもいるようだ。

反省 私たちはなぜ失敗したのか?

反省 私たちはなぜ失敗したのか?

 
外務省ハレンチ物語

外務省ハレンチ物語