佐藤優『知の操縦法』(平凡社)2016/11/28
- 朝日カルチャーセンター新宿教室で行われた講座「知の操縦法」(2015年4月~5月、10月~12月)をもとに再構成・加筆したものを収録。
この2、3年、不思議な質問を受けることが多くなった。「ベストセラーになった本を手に取ってみても内容がわからない」という質問だ。具体的には、何人もの人からトマ・ピケティ『21世紀の資本』、又吉直樹『火花』、宮下奈都『羊と鋼の森』、池上彰/佐藤優『大世界史』などを買って読んでみたが、字面を追うことはできるが、意味をよくとることができないという相談を受けた。
ネット環境が充実した結果、知的退行が起きている。このような状況から抜け出すためには、自覚的に「読む力」を強化しなくてはならない。本書では、百科事典の使い方や、ヘーゲル『精神現象学』の読み解き方に多くの頁を割いているが、それは「読む力」をつけるためにこれらの題材が適していると私が考えるからだ。
- 作者: G.W.F.ヘーゲル,Georg Wilhelm Friedrich Hegel,樫山欽四郎
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 1997/07
- メディア: 文庫
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安部公房は、ソ連や東ドイツ、チェコでもよく読まれていて、ソ連の官僚は、『砂の女』の不条理な世界は西側の矛盾を描いたものだ、とプロパガンダに使おうとしたけれど、読み手は、ソ連、東欧社会を描いていると思って読んでいました。マイヤー版では、簡単な経歴と、『砂の女』や『箱男』といった作品名も出ています。
ICUの教授である森本あんりさんが書いた『反知性主義──アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書、2015年)という本があります。この本で、森本さんは、本来の意味での反知性主義を論じています。つまり、反知性主義=民主主義である、と。
沢尻さんは自己主張や権利意識はヨーロッパ的ですが、壊れそうだったり気難しかったりするのは境界線上に立っている人だからじゃないかと、私は思っているんです。日本人とフランス人のハーフと言われていますが、お母さんがアルジェリア系のベルベル人だということが関係しているのではないでしょうか。ベルベル人の複雑なアイデンティティについては、アーネスト・ゲルナーが『イスラム社会』(紀伊國屋書店、1991年)で書いています。
私はよくゲルナーの『民族とナショナリズム』(岩波書店、2000年)に言及しますが、ゲルナーはモロッコにおけるベルベル人の研究で博士号をとり、人類学者としてキャリアをスタートしています。
- 作者: アーネストゲルナー,加藤節,Ernest Gellner
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/12/22
- メディア: 単行本
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古代ギリシャの大哲学者であるアリストテレスの著作に「問題集」という巻(『アリストテレス全集11』、岩波書店、1968年)があります。自然学に関するあらゆる問題を考察しているのですが、近代の自然科学、物理学の視点は一切なく、ひたすら観察をして、こうなっているのではないか、ああなっているのではないかと考察・分類をしています。
中世は実践、行動することが基本です。その代表例が錬金術です。実験ノートという発想はなく、錬金術師は朝から晩まで、何らかの方法で卑金属を金や銀に変えようと実験していました。心理学者カール・ユングの『心理学と錬金術』(人文書院、1976年)を読めば、小保方晴子さんの事件がなぜ起きたのかもよくわかります。
古代では、目の前にあるものはただ「ある」という素朴実在論で対応すればよかったので、夢で見たものも、実在することだと考えていました。『源氏物語』に出てくる六条御息所の生霊や聖書に書かれているイエス・キリストの復活も、夢を見たということです。でも、これは観念論の立場では説明できないので、現代の我々は共同主観性や集合的無意識という言葉でどうにか説明しようと苦労するのです。
この問題を考えるのにいいのが、村上春樹さんの『東京奇譚集』(新潮文庫、2007年)に入っている「品川猿」という短編です。
読者のみなさんは哲学を専攻する学生や研究者ではなく、実社会で生きている人たちがほとんどだと思いますので、高校の倫理の教科書を読み返すといいでしょう。『もういちど読む山川倫理』(山川出版社、2011年)はよくできているし入手しやすいのでお勧めです。
それだとちょっと物足りないという人には、マルクス主義の立場から書かれているのですが、ヘーゲル学者で『大論理学』の専門家である寺沢恒信さんと、弁証法の専門家である大井正さんが編集した『世界十五大哲学』(PHP文庫、2014年)を勧めます。
これまで私が読んだなかで、お勧めの本を挙げます。
矢崎美盛『ヘーゲル精神現象論』(岩波書店、1936年)
加藤尚武編『哲学の歴史 7』(中央公論新社、2007年)
廣松渉編『世界の思想家12 ヘーゲル』(平凡社、1976年)
『ヘーゲル事典』(弘文堂、1992年)
エアハルト・ランゲ編『ヘーゲルとわれわれ』(大月書店、1971年)
哲学の歴史〈第7巻〉理性の劇場―18‐19世紀 カントとドイツ観念論
- 作者: 加藤尚武
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/07
- メディア: 単行本
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ギャラリーの均質化現象が進んでいるジャンルは、注意をしなければなりません。たとえばいまの経済学は、人間を投資の対象とするので、子供が生まれたらどの時期にどれぐらいの投資を行えば一番効率がいいかといったことを考えます。アメリカの研究では、乳児の時からプレスクールに通わせて教育させた場合のリターンが一番いいと出ているのですが、この研究データを使って中室牧子さんは『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)、古市憲寿さんは『保育園義務教育化』(小学館、2015年)を書きました。
古典哲学を読むときには、訳も重要です。文芸批評家・思想家の加藤周一さんは、『読書術』(岩波現代文庫、2000年)という本で、文学書、哲学書など翻訳のあるものは、翻訳で読んだほうがいいと言っています。
一番わかりやすいものは、長谷川宏さんの訳です。長谷川さんはヘーゲルの『論理学』『美学講義』『歴史哲学講義』も訳していて、どれも非常に読みやすい。
論理学―哲学の集大成・要綱〈第1部〉 (哲学の集大成・要綱 (第1部))
- 作者: 長谷川宏
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2002/03
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岩波書店のヘーゲル全集に入っている金子武蔵訳の『精神の現象学』は、ドイツ語の原本を参照しながら読まないとわかりません。学術的に読む場合には必ず参照しなければいけませんが、我々はヘーゲル研究者を目指しているわけではないので、向いていません。
本書では樫山欽四郎訳の『精神現象学』(上下巻、平凡社ライブラリー、1997年)を使います。文法的な正確さを損ねず、ドイツ語と参照した場合にきちんと対応できるぎりぎりのところで、できるだけ読みやすくしている訳なので、横にアドバイスしてくれる人がいるときには、一番いい訳だと思います。いままで私は何度か『精神現象学』について書いていますが、書誌的なデータを付ける場合には樫山訳にしています。
- 作者: G.W.F.ヘーゲル,Georg Wilhelm Friedrich Hegel,樫山欽四郎
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ヘルマン・ノールが編纂した『初期神学論集』(以文社、1974年)は、非常にすぐれた本です。ヘーゲルは神学部を出ていて本来は牧師になるはずでしたが、キリスト教に対しては批判的でした。ヘーゲルは歴史を動かすような超越した力があることは認めながら、キリスト教のような人格神には疑念を持っていました。ヘーゲルの思想からマルクスが生まれてくるのは必然的な流れとも言えます。
ヘーゲルが大哲学者になったのは、社交家だったからです。いろいろな人と知り合いで話もおもしろかったから、「先生すごい!」という評判が立ちました。いまの日本でも、そういう現象はよくあります。 たとえば、安保改正法をつくった外務省の大戦略家、兼原信克さん(2016年現在内閣官房副長官補、国家安全保障局次長)の『戦略外交原論』(日本経済新聞出版社、2011年)という本があります。
私は『いま生きる「資本論」』(新潮社、2014年)『いま生きる階級論』(新潮社、2015年)などでマルクスの読み解きを一所懸命にやっていますが、それも現実の具体的な出来事の見方を身に付けるためなのです。
ヘーゲルの著作では、私は『エンチクロペディー』がいちばんおもしろいと思っていますが、ヘーゲルの思考をつかむには『精神現象学』を読めば十分です。最初の著作なので非常に荒削りですが、ヘーゲルが将来的に語りたいと思っていたことがすべて盛り込まれています。
矢崎美盛の『ヘーゲル精神現象論』(岩波書店、1936年)を手掛かりに、ヘーゲル体系の糸口をつかんでいきましょう。この本が出た当時は、いまのように日本語で書かれた参考書や解説書は何もなく、矢崎さん自身がドイツ語の原典と必死に格闘しながら、わかることとわからないことを仕分けしつつ、当時の高等学校の学生が理解できるように書いています。私はこれまでに『精神現象学』の入門書をいろいろと読んだのですが、自分の頭で考えて書いているという点では、日本人が書いたものでこれを超える本はありません。
普遍主義は、それ以外の様々な集団を破壊することで、存在することができます。対する全体主義は、複数性を尊重し切磋琢磨していくというモデルなので、多数の価値観の共存が可能です。こういったテーマに関心がある人は『廿世紀思想第8巻 全体主義』(河出書房、1939年)を読むとよいでしょう。マルクス主義の影響下にありながら共産党ではなかったリベラル派の三木清や恒藤恭が編者で、西田幾多郎門下だった務台理作が概論を書いています。ファシズムの理論家として、いまは社会福祉や経済学の教科書に出ているヴィルフレド・パレートもとりあげています。
冷戦後にアメリカが世界を支配していくというグローバリゼーションの位置づけをして一世を風靡したフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(三笠書房、2005年)は、普遍主義的なヘーゲルの読み方です。ただし、フクヤマはヘーゲルの著作から直接ではなく、ロシアのネオ・ヘーゲリアンでフランスに亡命したアレクサンドル・コジェーヴ経由でヒントを得ています。
- 作者: Francis Fukuyama,フランシスフクヤマ,渡部昇一
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 2005/05
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歴史の終わり〈下〉「歴史の終わり」後の「新しい歴史」の始まり
- 作者: Francis Fukuyama,フランシスフクヤマ,渡部昇一
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 2005/05
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ドイツ語を習得するには、少し古いですが、『大学ドイツ語講座 全6巻』(郁文堂出版)がおすすめです。1巻、2巻は基本文法、3巻は文科系、4巻は理科系、5巻は医科系、6巻は日常生活についてという構成になっており、ドイツ語を中心に勉強するという旧制高校時代の伝統が残っています。
(以下編集中)