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佐藤優『ファシズムの正体』(集英社インターナショナル)2018/2/7

  • 2017年3月~9月に朝日カルチャーセンター新宿教室 で行われた講義を書籍化 

 

参考文献

ピケティは『21世紀の資本』(みすず書房)で、二〇〇年にわたる資本主義国家のビッグデータを分析し、資本主義国家では貧富の格差が常に拡大することを実証しました。
 資本主義が格差を拡大してきたことは間違いありません。しかし問題は、「なぜ資本主義では、格差が拡大するのか」ということです。 

21世紀の資本

21世紀の資本

 

 

 

戦前の日本では、河上肇がピケティとよく似た考えを持っていました。河上肇は貧乏の原因について、著書『貧乏物語』(岩波文庫)で次のように述べています。

貧乏物語 (岩波文庫)

貧乏物語 (岩波文庫)

 

 

当時のイタリアでは国民的な自覚というものがまだ希薄で、思想的にもさまざまな分断がありました。こうしたファシズム以前の社会的背景は、一九三二年に刊行された、土方成美の『ファッシズム』(岩波書店)が参考になります。土方成美という人物はいまやほとんど知られていませんので、ここで簡単に触れておきましょう。
 土方成美は一八九〇年生まれの経済学者・財政学者です。 

ファッシズム 思想・運動・政策

ファッシズム 思想・運動・政策

  • 作者:土方 成美
  • 発売日: 1932/08/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

次にイタリアの議会にも、目を向けてみましょう。社会学者の新明正道(一八九八~一九八四年)は『ファッシズムの社会観』(岩波書店)のなかで、イタリアには英仏に見られるような有力な政党が出現せず、「少数党派の分立する形勢が生じた」と言います。そのため、イタリアの議会政治は政党政治ではなく、「トラスフォルミズモ(変異主義)」と呼ばれる、場当たり的な多数派形成の政治が常道になる。つまり、その都度の状況に応じて、首相は政権維持に都合のいい政党と組むわけです。

 

ここでイタリアの歴史と、ムッソリーニの生い立ちとを重ね合わせてみることにしましょう。ムッソリーニに関しては、ロマノ・ヴルピッタ著『ムッソリーニ』(ちくま学芸文庫)が非常に本質を捉えているので、これを参考にしたいと思います。 著者のヴルピッタは長らく京都産業大学比較文化論・ヨーロッパ企業論などを教え、現在は名誉教授を務めている人物です。

 

 ジェンティーレのファシズム論「ファシズムの哲学的基礎(THE PHILOSOPHIC BASIS OF FASCISM)」は未邦訳ですが、『廿世紀思想⑧全体主義』(河出書房)に、社会学者の加田哲二がこれを要約した「ジョヴァンニ・ジェンティーレ」という小論が収録されています。この小論を参考にしながら、イタリア・ファシズムの理論的支柱であるジェンティーレのファシズム思想を見ていきましょう。

 

この「国家と生」に関する論理を、日本で精緻に組み立てたのは、京都学派の哲学者・田辺元(一八八五~一九六二年)でした。一九三九年に田辺は京都大学の学生を相手に連続講演を行いました。その講演をまとめた『歴史的現実』(こぶし文庫)は当時ベストセラーとなり、特攻隊に志願した学徒兵たちは、この本をポケットに入れて、戦地に赴いたと言われています。

歴史的現実 (こぶし文庫―戦後日本思想の原点)

歴史的現実 (こぶし文庫―戦後日本思想の原点)

  • 作者:田辺 元
  • 発売日: 2001/01/01
  • メディア: 単行本
 

 

  ムッソリーニは、スイス放浪時代に社会党の活動に参加し、サンディカリスムの思想に共鳴しました。第一章でも述べましたが、この時期に彼は、革命的サンディカリスムの指導者であるソレルの『暴力論』を読んで、大衆動員のためには強い動機づけが必要であることを学んでいます。

暴力論〈上〉 (岩波文庫)

暴力論〈上〉 (岩波文庫)

 
暴力論〈下〉 (岩波文庫)

暴力論〈下〉 (岩波文庫)

 

 

一九世紀半ばの水準で最も民主的な議会制度を持っていたフランスで、いかにして選挙を通じてナポレオン三世による帝政が成立したかを分析した『ルイ・ボナパルトブリュメール18日』(凡社ライブラリー)に、次のような一節があります。

ブリュメール18日 (平凡社ライブラリー)

ブリュメール18日 (平凡社ライブラリー)

 

 

イアン・カーショーの『地獄の淵から――ヨーロッパ史1914−1949』(白水社)を読むと、近代ヨーロッパの基本病理は「民族」で、統治する地域で自民族が支配的地位を占めようというエスノクラシー(民族集団による支配体制)が、二度の世界大戦を引き起こしたことがよくわかります。

 

ファシスト政権を成立させるには、権力を握らなくてはなりません。その権力奪取の技術的な側面を理解するための有効な本として、クルツィオ・マラパルテ著『クーデターの技術』(手塚和彰・鈴木純訳、中公選書)が挙げられます。

クーデターの技術 (中公文庫)
 

 

では、マラパルテが考察した「クーデターの技術」は、日本でも実行可能なのでしょうか。これについては評論家の福田和也が、一九九九年に上梓した『日本クーデター計画』(文藝春秋)でそのシミュレーションを行っています。

日本クーデター計画

日本クーデター計画

 

 

では、日本全体を考えた時、ファシズムを行うことは可能なのか。この問いに対して、非常に説得力のある議論を展開しているのが、日本政治思想を専門にしている片山杜秀の著書『未完のファシズム』(新潮選書)です。 同書で片山は、「戦前日本のファシズムは〝未完〟、すなわち中途半端な形にならざるをえなかった」と結論づけています。 

 

たとえば、その軍国主義時代に成立した大政翼賛会や、首相・陸軍大臣参謀総長などを兼任した東条英機政権を指して「ファシズム体制」だとよく言われますが、その実態は違っていました。大政翼賛会が何も決められず有名無実化していく状況を、片山は『国の死に方』(新潮新書)という本のなかで次のように説明しています。

国の死に方 (新潮新書)

国の死に方 (新潮新書)

  • 作者:片山 杜秀
  • 発売日: 2012/12/01
  • メディア: 単行本
 

 

以上